この2年

立ち上げて数回書き散らして、そのまま放置して約2年。

ガッチガチの番組制作の現場仕事から、いわゆるプロデューサー業に異動したのとほぼイコールの期間、このブログを放置していた。それだけ自分がすり減っていて、書く精神的余裕が本当に無かったんだと思う。

ブログを放置して3か月後、妻が転職。彼女は月金で働くいわゆるサラリーマン的職業から、シフト勤務で働く福祉関連の仕事に鞍替えした。朝晩・土日も関係なく働く仕事になり、子育てのウエイトがかなりこちらにかかることになった。

これまで子育ての負荷はかなりの部分、彼女に依存していた。その分がこちらに来た、ということ。現場仕事に没頭させてもらった分の彼女への恩返しとして、子育て自体は喜んで引き受けている。子育て大好き!という理想的な父親にはなれていないが、フラットにそれなりにやれている(はず)。

一方で、現場を完全に取り上げられ、慣れない内勤の仕事が始まり、これまで自分の多くを構成していたものが大きく変化することになった。

約10年、フィールドに出て撮影し、編集し、要するにものを作る仕事に費やしてきた。異動した結果、その経験はほぼ生かされず、予算管理と組織の内向きのつまらない折衝、組織が必要と定義している(つまり本質的には不要な)事務的な仕事をこなす日々。

子の成長が生きがい、というほどでもない人間なので(もちろん生活の上で、子を第一に考えて一緒に過ごしているが)、それまで仕事の場で得られきた、知的な刺激はゼロに。自分という振り子の振れ幅はいわゆるブルシットジョブと子育てに完全に占められてしまった。

仕事がいい意味で日々の膨大なインプット・刺激となっていたので、それを取り上げられると急激に空疎な日々が訪れる。幸福なサラリーマン時代は突然終わってしまったのである。

つとめて「仕事以外」のインプットを、というのは「豊かな」人生のために必要だといろんな場所で言われる。それが仕事中にできていた自分はいかに幸福だったか、ということに過ぎない。

今の振り子の振れ幅の中で懸命に生きることも、人の親でありサラリーマンとしての生き方でもあるのだ。さらば、幸福な人生よ。幸福な人生があっけなく終わりを迎え、次はあっぷあっぷしながら、プロデューサー業と子育てを両立させることに必死になる。

ところが1年もすると、溺れながらも泳ぎを覚えるのがまた人生だ。子育てはさておいて(これはありがたいことに飽きることがない)、ブルシットジョブへの飽きがくるだけで、私の人生に落とす影の暗さだけがただ目立つようになってきた。

当然のごとく異動を希望するものの、誰かとトレードでなければこのポジションから離れることはできない。僕に代わってこの部署に来てくれる酔狂な人間などいるわけもなく、いたずらに暗い影が心をむしばんでいく。そりゃ、ブログなど書く心の余裕など生まれるわけもない。

ところが捨てる神あれば拾う神ありで、とある縁である会社へのオファーがあり、受けるにした。来春から働き始める。

次の会社は今と比べると相当小規模なので(会社の存続可能性などは)かなり冒険的ではあるが、自分が働きながら勝ち得てきた「幸福な人生」の度合いはそれなりに改善する。

刺激、変化。そういうことを幸福として捉える人間だったのだな、と30代後半にもなってようやく自覚するに至った。その意味で、この2年ほどのブルシットジョブは、いい薬だったと言えるかもしれない。